正社員との退職金の待遇格差について争われた事例(最判 令2・10・13)

事案の概要

1.X(1審原告・控訴人・上告人兼被上告人)は、平成25年1月、医科大学や同附属病院等を運営する学校法人Y(1審被告・被控訴人・被上告人兼上告人)と、同年3月までを契約期間とする労働契約を締結し、以後、時給制のアルバイト職員として、期間1年の労働契約を3度更新して平成28年3月までY法人に雇用されていた。

2.Xは、Y法人において、教室事務員として、教授等のスケジュール管理・日程調整、電話・メール・来客・業者対応、各種事務、清掃・ゴミ処理などの主として定型的で簡便な業務を行っていた。Y法人の正職員は、法人全体のあらゆる業務に携わっており、例えば法人の経営計画の管理・遂行など法人全体に影響を及ぼす重要で責任の大きい業務も含まれていた。教室事務員である正職員は当時4名のみであり、簡便な教室事務に加えて、英文学術誌の編集事務、病理解剖に関する遺族等への対応、部門間の連携業務等にも従事していた。正職員には人材の育成・活用を目的とした人事異動が行われ、アルバイト職員の人事異動は例外的・個別的な事情によるものに限られていた。

3.本件当時、Y法人の事務系職員には、正職員、契約職員、アルバイト職員、嘱託職員の4種類があり、期間の定めのない職員は正職員のみであった。Y法人では、アルバイトから契約職員、契約職員から正職員への登用制度が設けられており、毎年一定人数の合格実績があった。Y法人の正職員とアルバイト職員の間には、基本給、賞与、年末年始・創立記念日の賃金支給、法定外の年休日数、夏期特別有給休暇、私傷病による欠勤中の賃金、附属病院の医療費補助措置の点で相違があった。Xは、これらの正職員との労働条件の相違は労契法20条に違反するとして、不法行為に基づく損害賠償等を求めて訴えを提起した。

4.1審判決(大阪地判平成30・1・24労判1175号5頁)は、上記の労働条件の相違はいずれも労契法20条にいう不合理とは認められないとして、Xの請求を棄却した。これに対し、Xが控訴した。

5.原判決(大阪高判平成31・2・15労判1199号5頁)は、①賞与の支給の有無について、Xと同時期に採用された正職員の60%を下回る部分、②私傷病による欠勤中の賃金の有無について、欠勤中の賃金(正職員には6か月間給料の全額が支払われる)のうち給料1か月分、および、休職給(正職員には上記6か月間の経過後休職を命じて標準給与の2割が支払われる)のうち2か月を下回る部分、③正社員に付与される夏期特別有給休暇を付与しないことは、労契法20条にいう不合理な相違と認められるが、④その他、基本給(月給制・時給制の違い、額は2割程度の相違あり)、年末年始・創立記念日の賃金支給(時給制のため支給なし)、法定外の年休日数(年1日の相違あり)、附属病院の医療費補助措置の相違については不合理とはいえないとして、①、②、③の相違に係る損害賠償請求の一部を認容した。

6.これに対し、Xは、基本給、賞与(60%を超える部分が不合理でないとされたこと)、年末年始・創立記念日の賃金、法定外の年休日数、業務外の疾病による欠勤中の賃金、医療費補助措置について、Y法人は、賞与(60%を下回る部分が不合理とされたこと)、業務外の疾病による欠勤中の賃金、夏期特別有給休暇について、それぞれ上告・上告受理申立てをしたところ、最高裁は、賞与(①)、私傷病による欠勤中の賃金(②)についてのみ双方の上告受理申立てを上告審として受理し、その他の労働条件の相違については双方の上告受理申立てを不受理として原判決の判断を確定させた。その結果、最高裁では、賞与(①)、および、私傷病による欠勤中の賃金(②)の相違が不合理と認められるかの2点が、争点とされることとなった。

 

判決の骨子/原判決一部変更、Xの上告棄却

その1

労契法20条は、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、期間の定めがあることにより労働条件を不合理なものとすることを禁止したものであり、「労働条件の相違が賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。」

 

その2

Y法人の正職員に対する賞与は、通年で基本給の4.6か月分が一応の支給基準となっており、その支給実績に照らすと、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。そして、正職員の基本給は、「勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有するものといえる上、おおむね、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば、Y法人は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとしたものといえる。」

 

その3

Xにより比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員であるXの職務の内容をみると、Xの業務は相当に軽易であるのに対し、教室事務員である正職員は学内の英文学術誌の編集事務等にも従事する必要があるなど、両者の間に一定の相違があったことは否定できない。また、教室事務員である正職員については、就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員の人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われており、両者の配置の変更の範囲に一定の相違があったことも否定できない。
さらに、Y法人においては、人員配置の見直し(業務の過半が簡便な教室事務員のアルバイト職員への置換え)により、教室事務員の正職員は僅か4名まで減少し、業務内容の難度や責任の程度が高く人事異動も行われていた他の大多数の正職員と比べて極めて少数となっていた。アルバイト職員には、契約職員、正職員への試験による登用制度が設けられていた。

 

その4

Y法人の正職員に対する賞与の性質や支給目的を踏まえて、教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮すれば、正職員への賞与の支給額が通年で基本給の4.6か月分であり、労務対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれること、契約職員に正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと、Xへの年間支給額が新規採用正職員の基本給と賞与の合計額の55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても、教室事務員である正職員とXとの間の賞与に係る労働条件の相違は、不合理であるとまで評価することができない。

その5

Y法人が、私傷病により労務を提供できない正職員に対し給料(6か月間)及び休職給(休職期間中に標準給与の2割)を支給することとしたのは、正職員が長期にわたり継続して就労し、又は将来にわたる継続就労が期待されることに照らし正職員の生活保障を図るとともに、その雇用を維持し確保するという目的によるものと解される。このようなY法人における私傷病による欠勤中の賃金の性質及びこれを支給する目的に照らすと、同賃金は、このような職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度であるといえる。
そして、教室事務員である正職員とアルバイト職員であるXとの間には、前記〔(3)〕の通り、職務の内容、配置の変更の範囲に一定の相違があり、教室事務員である正職員は人員配置の見直し等に起因して極めて少数にとどまり、アルバイト職員には試験による登用制度が設けられていたという事情がある。これらの事情に加えて、アルバイト職員は長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとはいい難く、Xの在籍期間も3年余りにとどまり、Xの有期労働契約が当然更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情もない。したがって、教室事務員である正職員とXとの間に私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは、不合理と評価することができるものとはいえない。

引用/厚生労働省サイト